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 すこやかな学校をめざして
 
記念誌の刊行に際して
                                                 近畿学校保健学会
                                            50周年記念事業企画委員会
                                               委員長  武田 眞太郎

すでに2年以上も前のことになりますが、数回の企画委員会を経て、近畿学校保健学会50周年記念事業のひとつである記念誌の刊行にかかわる編集委員長に指名され、50年という歴史の重みを感じながら、どのような理念のもとに編集するか戸惑っていた時、ある業界紙の“「記念誌」って何だろう”という見出しが目に付きました。評論家木本教子氏の時評で、その前半を以下に引用してみましょう。 

 時々、「う−ん、弱ったな−」と頭をかかえたくなることがある。その一つがあの「記念誌」だ。
先日、私もお手伝いをしている財団法人から、「来年10月に設立30周年を迎えるにあたり、記念事業の一環として、研究所の設立時の精神をふりかえり、その後の歩みを取りまとめ、今後に想いをはせる記念誌の作成を進めております」というお手紙をいただいた。そして、この財団との関わりの思い出や、今後の期待等を含めた原稿を執筆してほしいとのご依頼が書いてあった。

こういう場合、非礼にならず、無難な原稿というのは、30周年を迎えられたことに美辞麗句を連ねてお祝いを申し上げ、その歴史への賛美をかさね、加えてある種の仲間意識を持ちながら、自分がこの法人と関わりがあったことを、具体的な事例を挙げて書き綴り、それを誇りに思うと締めくくることだろう。
原稿の依頼主が、格式を重んじ、儀礼的な振る舞いを旨とする体質であるならば、前述のような構成の文章モデルに添った書きぶりが、世間の慣習でもあり、お付き合いのマナーなのかも知れない。
でも私は、それではあまりにも虚しすぎるし、逆に失礼だと思った。

原稿には、書き出しから本音をぶつけてしまった。30周年を迎えられたことにお祝いを述べた後、「しかし、正直なところ、だからどうなの、と言いたくなる思いがあるのも事実」と書いてしまった。
考えてみれば、設立何周年と公表し、その記念誌を作成する場合、発行しようとする当事者は、作成・発行の理由、目的、あるいはその意味をどう価値づけ、評価しようとしているのだろう。

はっきり申し上げて、何周年記念誌、あるいは何年史と銘打った印刷物をいただくと、それが関心のある企業や団体、学校、自治体のものだとか、私にとって貴重な資料であるとか、傍に置いておくだけで安心するものなら、有り難くいただき、嬉しい出版物と感謝する。  
しかしそれは極く稀で、多くの場合、「弱ったな−」が実感だ。  

ところで、50年のあゆみという歴史を扱う場合、塩野七生氏がその著『ローマ人の物語』(新潮文庫)の中で触れているように、大別して二つの対し方があるであろう。そのうちのひとつは、自らの考え、歴史観の立証のために歴史を「使う」やり方で、しばしばここで扱われるのは、教科書的な結果としての歴史です。

もうひとつの歴史への対し方は、一言でいうなれば、叙述すること。しかも、ここでの叙述は目的であって、手段ではない。プロセスを追っていくことではじめて、歴史の真実に迫ることも可能になると考える接し方です。いったん経過を追いはじめると、記述は長くなるが、そのプロセスを一つ一つ追っていくことで、その時代を生きてきた人々、そしてその人々の所産であるシステムが、その時代の求めに応えていたかどうか、自ずと読めてくるものがあるであろう。

私ども編集委員会は、木本氏の「弱ったな−」にはならないことを願いつつ、後者の方向をとることにしました。
翌2001年の学会総会に提案し、承認された記念誌の枠組みは、(1)近畿学校保健学会「50年のあゆみ」(年表) (2)近畿学校保健学会への「そのときどきの想い」(3)近畿学校保健学会の「これまでとこれから」 (4)資料「一般口演演題一覧」の4部からなるものでした。

そのそれぞれに対する構想は本誌の中扉に記載したとおりですが、特に二番目の柱は,50年の歴史の叙述の中心をなすものです。ここに収められた第6回年次学会 会長の 竹村 一 先生の会長講演「私の学校保健50年の歩み」の更なる50年を加えれば、実に100年の歴史が見えてきます。そして、その中で、私たちの先輩たちは如何に応えてきたのであろうか。また、学校医の長谷川、大島両氏の「近畿学校保健学会への願い」にも近畿学校保健学会発足前夜までの別の視点からの叙述がなされています。

こうして出来上がってみると、大変密度の濃いものになりましたが、その大半の史料は第1回から現在までの学会の講演集または抄録集と100号を超える「学会通信」によるものです。その蔭には、発足当初からの持ち回りであった学会事務局を含めて、多くの関係者によって収集され、大切に保管され、受け継がれてきた資料を大事にする真摯な態度の継承があったことを見逃すことはできません。さらに、これらの膨大な資料をどのように編集するか、何度となく手弁当で集まり議論を重ねていただいた編集委員の方々の努力の結晶でもあります。

なお、50周年記念シンポジウムの記録の全文を掲載することも検討課題としてあがっていましたが、時期的に出版が大幅に遅れることになるので、いずれ刊行されるであろう次回の記念誌の最初に収録されることを期待して割愛することにしました。

以上に記してきましたのが、この記念誌編集の経緯ですが、いずれにしましても、この記念誌を通して、近畿学校保健学会のみならず、広くわが国の学校保健があゆんできた道程を読み取っていただき、近畿学校保健学会の次の50年の歩みへの糧にしていただければ、編集に当たった者にとって、これ以上の喜びはありません。
そして、21世紀を生き抜く子どもたちのためにも、是非そのようにあってほしいと願っております。

  

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